雨。そして寒かった。
文化祭は終わり、今日は片付けの日になっていました。クラスでの出し物の片付けです。まずは破壊、破壊、破壊。風船やら段ボールやらガムテープやらを我武者羅に破壊。なんだか『終わったんだなぁ』っていう気分でした。やり遂げた達成感もあります。
作るときは結構な時間を要するものですが、片付けというのは無残なもので意外にも早く済んでしまうんです。次々と破壊されていく迷路、教室に戻っていく迷路。作ったときとは変わってしまっているちょっと壊れかけた迷路…。それをさらに壊す人々。
片付けは段ボールを骨組みから外し、あらゆるところに貼られたガムテープを剥がし、小物類も取り除く。残るものは迷路の骨組みと散らばったガムテープやスズランテープの残骸。そして幾つかの思い出。
骨組みを解体し、元の机となる。それを持ってきた教室に戻し、教室に机を並べる。段々、元に戻っていく教室。最後は椅子を運んできて、並べる。いつもとなんら変わらない教室に戻った。そう、これが日常の姿。平穏な日常の姿。教室は在るべき姿にもどった。詩人ですね。。。
文化祭という2日間の祭りは片付けと共に終焉を迎えた。これから食事会と銘打った打ち上げにて文化祭の締め括りをする。
打ちぁ…。
いえ、食事会です。
中学の頃から何か行事が終わるたびに行う打ち上げ。それはその行事を締め括るために行うものなのか。行事が終わるとまた普通の日常に戻る。それが嫌なんじゃない。平穏な日々ならそれで良いと思っている。
いつも思うのは、ただ行事というものはそれだけのものなのか、という事。行事はその後の学校生活を楽しくするための何かに繋がるのではないだろうか。例えば一昨日くらいに書いた事。友達。今まで話した事なかった人と話したり、友達とはさらに親しくなったり…そういう学校生活を楽しくするための何かに繋がるんだと思う。決して悪い方向にはならない。行事が与えてくれるものは一時の楽しさだけでなく、その後の楽しさもあるんじゃないか。そう思う。寧ろ、そう思わないと楽しかった行事の時間が何か別の世界の…夢の出来事のように思えてしまう。
なんだかクサいセリフを書きまくりですね。
でもそうなんですよ。今までに幾つもの行事を行ってきたけど、いつも打ち上げが終わると何故か空しさが残ってた。それは言葉では説明できないような空しさ。ようやく言葉にする事が出来た。文章構成力が良くなったのかな。
行事の後に残るものは行事で研ぎ澄まされた(仲良くなったと解釈しましょう)友達ですね。それが日常生活の楽しさになるんでしょう。きっとなるんです。
食事会と銘打った打ち上げに行く事にします。あ、まだ時間あるね。んじゃっ、第2ホームページの改装をしようかな。
では終わります。さよ〜なり〜♪
