“開き直り”と“無思考”

この前…えっと9月30日の日記で書こうとした主張。テーマは“開き直り”でした。書いたんですが電源が落ちて消えてしまった、という事で最終的にまとまらなかったために断念しました。
ちょっとかぶるところもありますが、“開き直り”と“無思考”について、書いてみたいと思います。

人生には“開き直り”が必要だと思うんです。それは諦めとは違い、マイナスをプラスに転換させる力であると私は思います。
もしテストの点が良くなかったとして、怒られるとします。すると『頑張ろう!』ってなって、反省、努力するわけです。これが普通のパターンだとします。良いパターンです。
ここで開き直りのパターンっていうのは、『頑張ろう!』ではなく、『別にいいじゃん!』ってなることです。逆ギレ…それとは違うんです。普通は『頑張ろう!』という風にプラスに考える事が良いのですが、『別にいいじゃん!』と逆に開き直るのもいいと思うんです。

もし『頑張ろう!』と思えない人がいて、『あぁ〜あ…テストが良くなかった…』とマイナスに考えてしまうとします。それで最低でも反省したとして…100歩譲って努力もしたとします。しかしその努力の勉強が実になるでしょうか。−思考で働いても良い結果は出ない、と私は思うんです。つまり、−思考で頑張っても+思考で頑張ってる人には勝てないって事です。

勉強の例えでなく、普通の思想で考えてみます。

私が『物事は+思考で考えるんだ!』といつも言ってるのは、−思考で物事を考えても心配や不安を抱くばかりだと思うからなんです。いつかの日記に書きました。

余計な先読みは不安を招き、+思考の先読みは安心を招く。

例えがよくないかもしれませんが…。
人間は誰しもいつかは死にます。人間の死亡率は100%です。それは人間として普通の事です。それを日々考えて生きてる人はいるのでしょうか。『人間はいつか死ぬんだ…』と毎日考えてる人はいるのでしょうか。そりゃぁいないとは言い切れませんけど、大抵の人は『いつか死ぬ』なんて事は忘れて生きてるはずです。
『いつか死ぬ』という先読みは余計な先読みなんです。−思考の先読みなんです。この余計な先読み、−思考の先読みをするからこそ、心配や不安が生まれるんです。

そうではなく、安心を招くためには、心配や不安を生まないためにはどうすればいいのか。それは物事を+思考で考える事だと思います。もちろん、−思考を排除して物事を+思考のみで考える事が出来れば一番いいんでしょうけど、それは結構難しい事です。

そこで“開き直り”です。+思考で物事を考えきれない、どうしても−思考になってしまう、そんな時こそ“開き直り”の活躍だと思うんです。−思考を+思考に転換するんです。−思考で考えるから心配や不安が生まれる。ならばその−思考を開き直って+思考にすればいいんです。

どう開き直るのか。さっきの勉強の例えで考えてみます。テストがよくなかったとして、『あぁ〜あ…テストがよくなかった…』と−思考になった時、『頑張ろう!』って+思考になれなかった時です。−思考の『あぁ〜あ…テストがよくなかった…』を『あぁ〜あ…テストがよくなかった…だからどうした!!それがどうした!!』と開き直ります。
直前までは−思考で考えていた事が、一気に+思考になったと思いませんか?

もうちょっと開き直って+思考にしてみようと思います。
『あぁ〜あ…テストがよくなかった…だからどうした!!それがどうした!!次のテストで頑張ればいいじゃんか!!』という開き直り。どうでしょう。素晴らしい開き直り、+思考になったと思いませんか?

これでも+思考で物事を考えられないならば、もう考えるのを止めてしまえばいいんです。

心配なんぞいくらしても足りぬもの。

漫画シャーマンキングからマタムネのセリフです。このセリフが私は好きなんですが、そうなんですよ。心配っていくらしても足りないものなんです。人間っていうのは一年後の未来はもちろん、一秒後の未来さえわからないんです。一秒後に死ぬかもしれないし、一秒後に飛べるかもしれない、一年後に総理大臣になってるかもしれないし、一年後にオリンピック選手になってるかもしれないんです。
だったら−思考で心配や不安を抱くより、+思考で考えよう!!って話なんですが、ここでは何も考えない話ですね。

ここでも例えを出してみましょうか。2人がジャンケンをするとします。一人はすごく物事を考える慎重派で、もう一人が特に何も考えない直感派だとしましょう。

慎重派は考えます。自分がパーを出すとする。それで相手がグーなら自分は勝てる。しかし、チョキなら自分は負ける。ならば相手がチョキを出したときのためにグーを出そう!と考える。これなら相手がグーを出してもアイコだ。

ここで考える事を止めておけば、自分はグーを出して、勝っても負けても納得です。しかし、慎重派さらに考えます。

ん?自分がグーを出しても、相手がパーなら負けるよな…。ならば自分はチョキを出すべきか!?いやそれで相手がグーなら負ける…じゃあやはり自分はパーか!?それで相手がチョキなら…むむむ…。

と。余計な先読みをしたばかりに何を出せばいいのかわからなくなります。ちなみにこれは+思考でも−思考でもないです。

もう一人の直感派は直感、つまり自分の思いつきによってグー・チョキ・パーを決めます。相手の事なんか考えません。自分の勘、直感を信じます。

つまり、一秒後の未来なんて誰にもわからない。ならば何も考えないで生きるのもいいんじゃないか、そう思うんです。

余談ですが、この2人がジャンケンをした場合、いやこの2人でなくてもですが、運任せになります。ジャンケンとは本来、運試しのようなもので実力や状況などで決まる勝負ではないでしょう。とにかく3つの選択肢から何を出すか、という運なんです。慎重派がいくら考えようが、直感派が何を出すかはわからないわけですから。

まとめてみましょうか。

☆安心を招くには物事を+思考で考える事。余計な先読み、−思考な先読みは心配や不安を生むから、+思考は大切。
もし、+思考で考える事がどうしても出来ないならば、−思考さえ開き直ってしまえ。心配なんぞいくらしても足りぬもの。だから−思考で生まれる心配や不安は要らない。
又は、何も考えない事。人間には一年後はもちろん、一秒後の未来さえわかる事はないのだから、何も考えないで生きるのもいいんじゃないか。

決まりきった未来なんか存在しない。人間の勝手な先読みで安心するならいいけど(+思考)、−思考な先読みで心配や不安を抱くのはよくない。だったら−思考から開き直るか、何も考えない事がいい。

まぁこういう事です。ちょっと複雑な主張ではありますが、頑張ってまとめてみました。

では、終わります。さよ〜なり〜♪

楽に行こう!!