バスの停車ボタンを押したがるような。

昔、母親と電車に乗ることがあった。買い物しに行くこともあれば、病院へ行くこともあったような気がする・・・どちらかと言えば、バスに乗ることのほうが多かったけれど。

当時、僕はおそらく保育園生だったんじゃないだろうか。小学校低学年だったかもしれない。今でも電車内で見かける、通路に対して後ろ向きに座り、窓の外を眺める、そんな少年だった。

そう、バスの停車ボタンを押したがるような。

電車の窓の外に浮かぶ、走りゆく町並みを眺めていたのか。まるで電車ではなく、町そのものが動いているかのような錯覚。無論、そんな理論を考えていたわけはないけれど。

今思えば、町並みそのものを見ていたような気はしない。そう、僕がわくわくしながら見ていたもの・・・

電線。

そう、電車と共に走りゆく電線。電信柱と電信柱を結び、その間で少しずつたるみながらも、隣合う電柱に出会うと活力を取り戻したかのようにピンと張る。

そしてまた、少しずつたるみ、隣合う電柱と出会うとピンと張る。共に走る電線は一本とは限らない。時には二本、時には三本。同じようにたるみ、張り、電車と共に駆け抜ける。

その電線もまた、町並みと同じように走ってるような錯覚。スーパーマリオに出てくるダンジョンのような・・・この例えはわかりにくいけれど。

時に電線は途切れる。線路に沿っていない電柱があったり、駅に着いたりして。『あっ』と思うけど、すぐにまた電線は復活する。そして走り出す。

座席に背を向けず、通路に背を向けて窓の外を眺める少年は、町並みではなく、電線を見ていたのだ。上下に揺れながら続く電線を。

つい先日、電車に乗って外を眺めていたら、そんなことを思い出した。

それにしても・・・通路に対して後ろ向きに座り、窓の外の町並みではなく、電線を見てる少年・・・なかなか可愛いじゃないか(笑)

そりゃ、たまには町並みも見てたけれど。