Peace Now!Nagasaki2008 未来へ響け 祈りの鐘〜広がる想いの同心円〜

2008年8月8日〜11日、Peace Now!Nagasaki2008に参加してきました。昨年9月のPeace Now!Okinawa2007に続いて2度目のPeace Now!参加です。

ここmixiに、報告を書こうかなと思い、参考として昨年のピーナウ終了直後の日記を見てみたんだけど、「やっぱり」思った通り、長くは書いていない。詳しく流れを書いたりはしていない。

学んだことや書きたいことが多すぎて、なかなか整理出来ていなかった。

今年もそう。

4日間で学んだことをまとめたり、4日間の流れを書き出したり、そういったことは出来ると思う。時間をかけて。というか、報告としてそれはしなきゃならない。学祭の展示とかを通じてね。

とりあえず、mixi上では、Peace Now!Nagasaki2008のフォトアルバムを作ります。個人情報を考慮した上で写真の選択、縮小(←容量の関係もある)をするので後日。





よし、「すべて」ではないけれど、今、想うことを綴ってみる。

この4日間、「平和とは何か?」というのを何度も考え、語り合った。G討(=グループ討論)では昨年同様、白熱した議論になり、あらゆる意見を発表し、聞いた。

現地を回るFWやツアーでは、実際の現場(残されている遺構など)や様々な資料館などを見た。実際に原爆を体験した方の話や、現地で活躍する同世代の方の話など、多くを聞いた。

意見としては異なるけれど、誰もが「平和」を願っていた。

街行く人にインタビューしたり、100万人署名活動をする高校生に話を聞いたり、その署名活動に参加したり。炎天下の中だったけれど、温かい人達ばかりだった。

温かい人達、と言えば、同じ班の人達もそう。今年は一班。班の中で一番乗りしたのは僕だった。今年のGLは1年生のチェリーチェリー。最初からハイなテンションで話してくれて良かった。

班全体としてはなんだか、去年と似た雰囲気を感じた点が幾つもあったのだけど、ここではあえて、異なる点を挙げてみる。一番大きかったのは「自分より年下がいること」。

GLもそうだし、メンバーにも何人か1年生がいた。もちろん、ここでしたいのは別に「さん付け」どうこうって話ではなくって、「伝えている」っていう実感の話。

班内のG討でも言われていたのだけど、ピーナウに参加するきっかけの多くは「先輩のススメ」である。ピーナウに参加した先輩からのススメによって、今の自分が参加している。

それが「平和」を伝えていることになるっていうこと。

何か活動として形に残るものだけでなく、そうやって自分の後輩(≒身近な人達)に伝えることもまた大切なことで、後世に伝えていくことに繋がる。それを改めて実感した。

今回、学芸大からはピーナウ長崎に6名参加し、内3名が学生委員でも留学生委員でもない生協の組合員であった。それもまた「伝える」ってことなのだと思う。

「平和とは何か?」。その答えは人それぞれ違うのかもしれない。「笑顔でいること」「人を思いやること」「日常生活を送れること」「あまり意識されないもの」などなど。

班でのG討で、あるメンバーがさらっと言った言葉がとても印象に残っている。

『もしかしたら、「平和」っていうのが答えなのかもしれませんね。』

このピーナウ長崎で一番印象に残っている言葉。かなり漠然としたものなのかもしれないけれど、何か分かるような、何か伝わってくるような。そんな気がした。





やっぱり今想うことでさえ、書き始めたら書き切れそうにないからここら辺にしておきます。報告書(展示)作りのためにも、ピーナウ長崎の時間軸に沿って、流れを整理しておかないと。