「ハタチ」と言えなくなるこの日に。

言葉。

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3週間、情報の授業を担当させていただきました児玉です。

僕はサークルなどでの立場上、このように前に立って話すことには慣れているので、授業中に緊張することはほとんどなく、楽しんで授業させていただきました。

どうやら、「自分では達成できないような高い目標」を立ててがんばることと、「自分で達成できそうな低めの目標」立ててがんばることには、どちらにも意味があるようです。

僕はこの実習が始まるときに、「指導教員より上手くやる」ということを目標にしました。

もちろん、それは達成できませんでしたが、そのような「自分では達成できないような高い目標」を立ててがんばることにも意味があることを学びました。

これからの皆さんの活躍をお祈りしています。ありがとうございました。

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9月4日〜25日まで附属高校で行っていた教育実習、担当学級で話した最後の挨拶(記憶で書いた文、かつ、途中で噛んだことは抜いた文w)です。

たぶん、普通のことは言いたくなかったんでしょうね。附属小中高の生徒たちにとっては何百人と来る実習生の中の一人。されど、僕にとっては一生に一回か二回の実習。そこで受け持った数十名の生徒たち。

教員養成課程の6年化が叫ばれ、それについて賛否両論の意見が交わされていますが、どうなんでしょうか。賛成反対は置いといて、学力低下などの問題がすべて「教員のせい」にされてるように思えてしまい、非常に残念です。

「教員」だって「神」じゃあないのに。

さて。

mixiに誕生日のことを書くのも3回目になるんですね。どうも、今日から「ハタチ」を名乗れなくなった者です(笑

20歳と21歳というのはなんだか大きな違いがあるように思います。19歳と20歳ほどじゃあないにしてもね。19歳が子供で、21歳が大人だとしたら、20歳は准大人って感じ?w

20歳の一年はとても充実した一年でした。

何よりお酒が自由に買えr・・・じゃなくって、、、良い意味でも悪い意味でも自由度が増し、責任が増えました。無論、まだ親のスネをかじって生活している身であることは変わりないのですが・・・。

とはいえ、「一人暮らしを始めた」というのはとても大きいようで、自炊から洗濯、掃除まで今まで親に任せっきりだった家事全般をやるというのはある意味、自立への一歩な気がします。

怠けようと思えば怠けられるけれど、そういった甘えのようなものを律するのも自分で、律しなかった場合に損するのも自分・・・怖いけれど、ほんと楽しんでやってます。

で、21歳。

上に書いた実習最後の挨拶文。「達成できそうな目標」「達成できなさそうな目標」、やる前から結果を決めつけているわけではないけれど、そのどちらにも深い意味があると思います。

これらとどのようなつながりがあるかは分からないけれど、これから就活だったり、教採の勉強だったり、卒業研究だったり、という将来に向けた活動が始まっていく(/る)にあたり、もっと「冷静な自分に成りたい」と思います。

時に感情論で動くことも必要だけど、そればかりではいかがなものか、と。

3年生として、次4年生として、状況を冷静に判断すること、後輩に適切な助言・アドバイスすること、その他諸々のことにおいて・・・ね。簡単に言うと、「落ち着いた自分、冷静な自分」って感じでしょうか。

これが上のどちらのタイプの「目標」か、って?―――明確な達成基準がない目標もあるってことですね。ふふふ。





今日は夏休み最後の大イベントDAY!!―――これで終わると思うなよ?