小さい頃の「先生像」(「教師像」とかカッコイイ表現ではない)

僕は小学生くらいのとき,「先生はずっと先生なんだ」って思ってた.

意識して思ってたとかじゃないけど,心のどっかで「先生」っていうのはいわゆるスーパーマンみたいなものだと.

朝8時に「おはよう」と言って迎えてくれて,15時に「さようなら」と言って帰るまで先生.

僕らが帰った後の時間もずっと先生.

学校にいても家に帰っても,24時間365日先生.

まぁそりゃあ肩書的には24時間365日先生なわけだけど.

夫や妻,子供がいる先生なんて珍しくなかったけれど,「先生=親」っていう等式が想像できなかった.だって,先生は先生だから.

きっと僕らが生まれる前から先生.

きっと僕らが大人になっても先生.

もしかしたら生まれたときから先生.

最後のはさすがに言い過ぎか(笑)

でも漠然と「すごい人なんだ」って思ってた.なんというか対等ではない煌びやかな存在?

学芸大には「将来教師になりたい」っていう人が多いです.

実際に教師になった先輩や来春からなるだろう友達も多いです.

でもみんな,「すごい人」ではあるけれど,「ずっと先生」ではない気がします.

遊園地も行くだろうし,カラオケも行くだろうし,お酒も飲みます.

はしゃぐときもあるし,落ち込むこともあるし,愚痴るときもあります.

休みの日は趣味に没頭したり,一日中ゴロゴロしたり,踊ったりします.

それがいけないとかそういうんじゃなくて,それで良かった!って思うのです.

自分がこれまで関わってきた先生方も「ずっと先生」じゃなくて,普通の人間だった(笑)

家族がいて,友達がいて,楽しいことがあって,嬉しいことがあって,面倒くさいことがある.

そして,そういうことを考えたら,なんだか「なんか大人に近づいてる!」って思った.

これは教師に限った話じゃなくて,社会で働いてる先輩とかと話したり,飲んだりすると,そういうことを実感するのです.

僕は小学生くらいのとき,「先生はずっと先生なんだ」って思ってた.

僕は今,先生が自分とそう変わらない近い存在だってことを嬉しく思う.