「怒ってるんじゃない!叱ってるんだ!」
何が違うんだよ。
「先生だって怒りたくて怒ってるんじゃない!」
だったら怒らなきゃいいじゃん。
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今考えてみると、誰かに対して「怒れる人(叱れる人)」ってほんとにすごいと思う。自分が正義!絶対!とかいう変な場合を除いての話。
僕は誰かに対して怒ることはあまりにも苦手だし、どちらかと言うと少し頭にきても少しイライラしたり、なんだかひねくれた考えをもったくらいで終了する(それが厄介な場合も時にある)。
できれば、自分や誰かが命を落とすようなことでもない限り、誰かに対して怒りたくなんかない。というか、それ以前にそこまで怒るような出来事がない。だから大抵のことはいいよいいよって許す(と思う)。
だって、そんなちっぽけなことで怒って、相手から逆恨みでもされようもんなら最終的に自分が損をするだけだし、いくら相手のことを考えて...って言ってみても、僕はそんな相手を慮って怒るような高等技術を持ち合わせちゃいない。
考え方によっては八方美人な感じさえするけれど、それだって真っ向から否定できるとは思わない。この言葉の正しい意味は知らないけど、誰かに嫌われるよりは好かれるほうがいいに決まってるのだから。
でも、これは自分の感情とか考えとかを表に出していないのではなくて、自分をよく見せようとしているのでもなくて、ただ単純にそんな怒るようなことがないだけ。ONE PIECEの一巻で、山賊に酒をぶっかけられた時のシャンクスをイメージしてもらえれば。
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そんな僕は、逆に誰かから怒られることがめっぽう苦手なんだと最近、いや、もっと前からだけど、気付いた。プライドがとんでもなく高いだとか言うわけではないんだけど、極度の恥ずかしさみたいなものを感じる。
わりと真面目に生きてきて、わりと真面目な霊長類を過ごしてきているから、どこかで「ミスれない」みたいな変な呪縛がある。んで、大したミスでもなく、大して怒られてもいないのに極度に心配したり落ち込んだりする。
ああ、一応言っておくと仕事でミスったりとかはしてないのでご心配なく。笑
とはいえ、これから仕事で怒られる機会がもしかしたらあるかもしれないから、あまり落ち込まないようにしたい。絶対落ち込むけど。
そうやって考えてみると、小学生の頃とかにもっともっと先生に叱られときゃよかったなって思う。先生に叱られた記憶なんて、小6のときの掃除の時間に小さなゴミ袋で遊んでたときくらいしかない。
こんな小さな叱られた出来事なのに、昨日とまでは言わなくてもついこの前のことのように鮮明に思い出せる。もしかしたらあの頃からもう叱られることが苦手な少年だったのかもしれない。
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こうやって書いていて思ったけど、誰かを怒ったり叱ったりする時は、とりあえず自分のことは棚に上げるっていう奥義を修得しなきゃいけないっぽい。
ワールドカップだかなんだかの大会で、ゴール前にいた柳沢選手に対し、もう触れるだけでゴールできそうなパスが来た。けど、それをまさかのミスキックで外してしまった柳沢選手に対するブーイング。
あれは何やってんだ!という意味のブーイングでもあり、期待してたのに!という意味のブーイングでもある。自分だって決められる!と何万人が思ったかは知らないけど、僕は「あの舞台に立てるだけですごいじゃん」って思った。
日本代表に選ばれて、試合に出場するというだけですごいこと。そんでそんないいパスが来るようなポジショニングができることはもっとすごいこと。なぜそこをすっ飛ばして、あたかもゴール前で生まれて育ってずっとそこにいただけ、あとは来たボールに触れるだけ、みたいな言い方をするのか、と。
でもそれは自分のサッカー技術だとかはすべて棚に置いた上でのブーイングなのだろう。今でも言い過ぎなこととかは納得できなかったりするけれど、もうちょっと素直な人間らしい考えを持たなきゃ。
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じゃあ、自分のことを棚に上げまくって、モンスターボックスみたいな棚が出来上がった後で、誰かに対して怒ることは容易になるのかって考えたけど、たぶん無理だ。どう考えても怒るより笑ってるほうが楽しい。
ふざけんなよーだとか、なんなの?だとか言うことってあるけど、結局そんなの大したことじゃない場合が大概で、なんだか決まり文句のように口から出てたりする。ちょうど、学校から帰ってきてすぐ「お腹すいたー」と口走るように。(そんな頻繁にふざけんなよーとかないけど)
ここまで書き殴ってきて、なんにもまとまらないけど、やっぱり怒られたり、叱られたりするのは苦手だ。得意なんて人はいないだろうけど、極端に苦手だ。怒られないために仕事するんじゃないけど、なるべく怒られない仕事をしたい。
とは言っても、人生にCTRL+Zはないらしいから出来る限り、TRANSACTIONをかけるようにして臨めれば、と。
