自分なんか社会人に

なれないって本気で思ってた。

いつまで経っても、どうにも子供っぽい些細で歪んだ反抗をしてしまうし、

反抗とまではいかないとしてもその感情は小さくわき上がる。

(ちなみにいわゆる反抗期はなかったと思う)

自分が考えたことや思ったことを如何にも正しい理論で否定されたとき、

どうにもその理論を認められなくて、笑いながら「でもさ」とか言う。

(その理論を認めたくない!と思ってるのではない)

時には全面的敗訴を認めることだって必要だし、

全面的肯定を打ち出すことも必要。

無論、そんなの必要性に駆られてやるもんではなくて、

自然発生的に生まれてきた感情と言葉の掛け合いで生まれるものだけど。

とはいえ、社会人。

「え?意外といけるよ?」

なんて言うつもりもなくて、ええ、がんばってます。

学校で習ったことなんて社会に出たら意味ないよって言う大人もいるけど、

僕はそんなことはないと切に思う。いや、まじで。

実用的な国語や英語はともかく、二次関数だとか二酸化マンガンだなんて

仕事で使う機会はないと言っていいけど、本質はそこじゃない。

理解できるかどうかじゃない。理解しようとするかどうか。

職業体験や介護等体験なんかをしたときに、

「5日間も働いてるんだからお金くれよ」などと言う人がたまにいるけど、

あれは体験料を払って当然の行事だった。そんなに甘くはない。

社会人の責任。

未だに「責任」ってよくわからないことだらけの概念だし、

何か不祥事を起こしたときに辞めることが、

責任をとるということなのか、って常々疑問に思い続けてる。特に政治家。

国に一石を投じるほどの勇気や技量はまだ持ち合わせちゃいないけど、

自分の仕事には一石を投じたり、そのための技量を持ちたいとは思う。

最終形のその先を、担う担う担う世代。