小雪舞う並木道、白い息が消えていくように

今年2014年、自分の中で最もがんばったことは間違いなく左目の入院・手術に関わる事柄全般だったと思うんだけど、

それに匹敵するか?いや、さすがに匹敵はしないか?ってくらいの”自分的にはがんばった”、そんな出来事があって、そんでもって昨夜の選挙特番を観ていたわけ。

選挙特番といえばテレビ東京の池上彰さんの解説がわかりやすくて、当選した人・落選した人に関わらずどんどんぶっこんでいく姿勢も見もの。

そこに、政界随一のカリスマ性を備えた小泉進次郎さんが出ていて、例の如く、池上さんのインタビューを受けていたわけだけど、こんなニュアンスのことを言ってました。

「自分が『がんばったな』って思ったら、他の誰かは『もっとがんばっている』かもしれなくて、自分ががんばっていない時に、誰かに差をつけられているかもしれない。」

確かにご尤もなんだけど、ずっとがんばり続けるって結構難題だし、何よりずっとがんばってるってことは、それが普通のことになっちゃうから、実はさしてがんばっているわけではなくなったり。

つまり、閉店セールをずっとやり続けていたら、それはセールでもなんでもなくなっちゃう、みたいな。

じゃあ、ずっとがんばるってどういうことかな、って考えてみたら。

中学生くらいの時、理科の実験で、ニュートン測り?的なやつに台車をくっつけて、一定の力(ニュートン)で引っ張り続けるっていうことをしたのね。

当たり前だけど、台車を引っ張る力を一定に保つと、台車はどんどん加速していくから、それを引く自分もどんどん全速力で走ることになっていく。

そしていつしか自分の脚力(走力)がそれに追いつけなくなって、ニュートン測りは一定の力を示さなくなってしまう。(で、たぶん自分は転ぶ)

だから、常に一定か、それ以上の力を出し続けるってあまりに大変なこと。同じ速度で走り続けることと、同じ力を出し続けることは決して同義じゃない。

然るべきタイミングを見極めたり、決めたりして、時には休んで、それからまた走って、そうやってバランスを保つことが大切。そんでもってまた或るタイミングで速度を上げてみたりもする。

それにしても小泉進次郎さんには期待しかないな。