川内原発って見ると、どうしても「かわうちげんぱつ」って読んじゃう。ほんとは「せんだいげんぱつ」。
東日本大震災による原子力発電所の事故。本当に酷いものだったし、繰り返してはいけないことだと言うまでもないけど、川内原発の再稼働のニュースを見て考えたこと。
「再稼働反対、再稼働反対」「原発反対、原発反対」
という掛け声のもと、反対運動をしている人々の様子が報じられた。そりゃあ近隣住民からしたら、事故を起こした原子力発電所(川内原発ではないが。)が近くにあってほしくないのは頷ける。
「じゃあ、日本中の皆様すみません。原発使わないと電力足りないんで、一日12時間にしてもらっていいですか?」
って仮になった場合、「いやいや、それは困る。なんとかしろ。」ってきっとなる。まあ12時間はいきすぎだとしても、震災直後の輪番停電では一日4時間程度、順番で電気が止まったわけで。
もしかしたら、その「なんとか」が原発であって、コストとかを総合的に鑑みた結果、原発という結果に至っているのかもしれない。もちろん、安全性とかも含めて。
「絶対に安全だって言ってたのに、実際に事故は起きたじゃないか。」
たしかにその通りだ。だからもう原発はやめよう。納得できるし、僕もそう思う。水力や火力、風力や太陽光などの発電で日本中の人々の豊かな生活が保証されるのならば。
それに、病院などの施設は例外としても、23区だけは輪番停電しませーん、都下の皆様耐え忍んでね、なんて状態じゃあ当然お話にならない。(実際、職場で震災の話になると輪番停電の話なんて一切出てこない)
では、誰が「安全です。」と言ったら納得できるのか。首相か、天皇陛下か、原発の責任者か。もはやそういう次元ではないのだと思う。誰かが安全だと宣言したところで、実際に事故は起きた。
だから僕らは、原発以外の(少なくとも原発より)安全で、日本中の電力をまかなえる発電方法を確立するか、原子力発電所の安全性をより高めるしかない。もしくは電気を使わないか。
つまり、何が言いたいのかというと....技術者の端くれとして、
ただただ「原発再稼働反対!でも電気は今まで通り使いたい!なんとかして!」と叫んでいるだけではなく、原子力発電所に関わる技術者の声に耳を傾け、「どのくらい安全なのか」「本当に原発に代わる方法はないのか」を議論すべきなのではないか、ということ。
議論の末、結局まとまらないことだってあるし、既に議論され尽くされているのかもしれないけれど、復興ってただ街を元通りにすることだけを指すのではないと思うから。
あと数日で27歳なので、ちょっと本気出して考えてみた。
