前回の日記で、付け焼き刃の知識でやってきてる、なんて話を書いた。
まあ、それはそれで撤回する気はないのだけど、付け焼き刃であれ、なんらかの方法で"それ"を実現できうることを知っていることは大事だと感じた。
要望を実現するとき、『なんかいい感じに』という要望ほど困るものはない。
一方で、それは要望であって、詳細な設計やプランは一任されているわけだからありがたい、とも言える。最近はそれも感じる。
ただ、『いい感じに』というのはあくまで主観であって、そこにアカデミーな経緯はほとんどないのかもしれない、とも。
だから最近は感覚でものを言うことを控えたり抑えたりして、情報設計的に、とか、ユーザの行動心理的に、とかそれらしい言葉を並べたりもする。話が逸れた。
つまり、一度でも見ていたり、知っていたりするだけで、詳細までは知らなくてもいい場合もある。都度調べればいい。
ソラでプログラムを最後までバグなしで書き切るなんて不可能だし、できる人ほどちゃんと調べて書く。調べ方が上手い人だっている。
だから浅くても知っている知識を増やして、実務で使う場面になったら深く調べて応用する。
すべてを記憶してやろうものなら、その情報は常に最新を保たなければならない。この業界ではもうまったく考えられないことだ。
